東京のSF ナイロン100℃ NHKBS

最初のインタビューはケラさんことケラリーノ・サンドロヴィッチ。司会の二人もケラさんと同じ1963年生まれ。同じ年なので会話が弾むと思ったが、全然弾まなかった。でも、内容は興味深かった。ケラさんの肉声は、特に自分の作品への解説は今まで聞いた記憶が無い。ビデオ等で時々喋っているが、ひとり言でしかもビデオ化された作品の事についてしか話してない。
そう言う意味では貴重な映像なのではないか。
ケラさんが影響を受けた&刺激を受けたのはモンティ・パイソンフェリーニウッディ・アレン。日本では宮沢章夫さん、小津安二郎
モンティ・パイソン宮沢章夫さんに関しては前から知っていたが、ウッディ・アレンはどの辺の作品が影響を受けているんだろう?ウッディ・アレンの作品を殆ど見たことが無いので分からない。小津安二郎に関してはつい最近の作品。「男性の好きなスポーツ」と「消失」に反映しているようです。
ケラさんの作品は、登場人物が自分に対して客観的な視線を持っている。その部分を笑いとして浮き立たせている。簡単に言うと登場人物のボケに対して他の登場人物がつっこむ、他の登場人物はケラさんで、ボケた登場人物はつっこまれる事が分かっているので上手く受ける。
それで笑いが生じる。
男性の好きなスポーツ」と「消失」に関しては、特に「消失」は、登場人物が自分に対して客観的な視線を持っていない。自分がボケている事に気が付いていない。そのため他の登場人物がつっこむのではなく、芝居の状況がつっこみを入れる。その部分に観客は笑う。
具体的には、幾ら素晴らしい事を一生懸命喋っていても、その人がパンツ一丁だったら、「でもあんたパンツ一丁じゃん」とつっこみが入る。
それを敢えてつっこまず、暖かい眼差しで捉える。
どこか人間に対して意地悪な視点で笑わせるのではなく、人間を肯定的に捉えて笑わせる。
恥ずかしい事にその辺の違いには気が付かなかった。
「東京のSF」を見て「男性の好きなスポーツ」と「消失」との違いを考察したい。
話は脇にそれるが、現代を代表する劇作家(小劇場系)。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ野田秀樹松尾スズキ。この3人は素で話している時の印象が凄く違う。野田秀樹松尾スズキは作・演出だけでなく出演もする。演技と素が違うのは当たり前だが、野田秀樹は素で話すと怖さを感じる。単なる頭の良さだけではない、圧倒的な自分への自信が刃物のように迫ってくる。役者として舞台に出るときは3枚目の役が多いので素とのギャップがより感じられる。松尾スズキは出演する作品によって全然雰囲気が違う人だ。それゆえどの役柄が素に近いんだろうと想像してしまう。素はいたって穏やかな人です。兎に角穏やか。あの穏やかな人がどうしてこんな作品を書けるのだろうかと不思議に思うほどです。どんな悲惨な話を書いても、どこかホッとするシーンがあるのも人柄のせいだろう。
ケラさんは分からない。強引なのを承知で書くと、野田秀樹松尾スズキを足して2で割ったような感じ。
作品をベースに考えると野田秀樹の作品は、一度観ただけじゃ分からない。感じる事は出来るが作品の持つ根幹的な部分は理解できない。それでも説明はしない。
松尾スズキの作品は、あくまでもリアルである。リアルであるためには人間に対する愛が必要だと思う。愛があるからあれほど悲惨な状況に登場人物を置いていけるんだろう。
ケラさんは、登場人物を記号で表している。
う〜ん、上手くまとまらない。考えてから書けばよかった。
敬称略。