完読No.83 手紙 東野 圭吾 著 文春文庫


裏表紙

強盗殺人の罪で服役中の兄、剛志。弟・直貴のもとには、獄中から月に一度、手紙が届く・・・・。しかし、進学、恋愛、就職と、直貴が幸せをつかもうとするたびに、「強盗殺人犯の弟」という運命が立ちはだかる苛酷な現実。人の絆とは何か。いつか罪は償えるのだろうか。犯罪加害者の家族を真正面から描き切り、感動を呼んだ不朽の名作。

つい先日、映画版を見た。映画の内容に若干の違和感があり、それを確認するために本書を読みました。
以下ネタバレ
決して、映画版をけなそうという意思はありません。
原作を読んで先ず思った事。映画版は原作に忠実じゃないな。勿論、原作がある映画の全てが原作に忠実ではないし、忠実でないが故に名作になっているものあります。脚本作業があるのだから、その脚本を書いた人、そして監督の意思が入るのは当然。しかし、今回の場合、明らかに映画版と原作の印象が違っている。映画版ははっきり言って「お涙頂戴」です。実際に私の友人も泣いたそうですし、私も泣きました。全然泣けなかった人もいますが、殆どの人は泣けるはず。当たり前です。泣くように作っているんだから。それが悪い事だとは思いません。ラストに流れるオフコースの曲もあざといですが、駄目押しにはなります。ただ、そのために原作で言いたかった重要な事を外しているのはどうも納得がいかない。それを書こうとすると1冊の本になってしまうので書きませんが、原作を読んでいる人は分かると思います。量販店の社長が直貴に2つの事を言っています。そのうちの一つは映画でも使ってます。もう一つは使われていません。これは片手落ちなんじゃないか?尤も、語られなかったもう一つの言葉を映画で使うと、あと30分は延びます。構成もかなり替える必要があります。なので外したのでしょう。この映画を見て、当然、脚本段階から目を通していると思いますが、原作者はどう思ったんだろう?原作と映画は別物、という大人の対応だったのか。それともイメージは伝わっているのでよしとしたか。それとも憤慨しているか。それが凄く知りたい。原作を取るか映画を取るか。人によって作品によって反応は様々だと思います。この映画に関しては私は原作の方が優れていると思います。単なる感動話ではなく、単なるお涙頂戴話ではない、もっと切羽詰った、もっとギリギリの話です。解説の井上夢人氏は「イマジン(原作ではこの歌が重要なキーワードになってます)」を絡めて、オノヨーコさんがある映画でジョン・レノン役に選ばれた役者の名前が、ジョン・レノンと同姓同名だったから首にした、というエピソードを引き合いに出し論じてます(詳しく知りたい人は「手紙」の解説を読んでください。)。
この作品に関して、井上氏はこう語っている。

そして、この作品が周到であるのは、告発する相手を我々読者自身に向けていることだ。作者は、物語の至るところに鏡を用意して待っている。読者は、ギクリとしながら、鏡の中で立ちつくしている自分を見せつけられることになる。

この部分が、映画には無いのである。あくまでも、理不尽とも言える差別を受けている直貴がそれに負けずに生きていく姿がいじらしい、涙。なんです。私は基本的にお涙頂戴タイプの作品は嫌いなので点が辛いかもしれません。実際、星3つでした。映画の出来自体はもっと評価が高くてもいいかな、とも思ってます。ただ、原作と比べてあまりにも違う方向に向かっている内容だったので敢えて書きました。
これは脚本家の趣味の問題かもしれませんが、エピソードもかなり変わってます。
例えば、映画で、直貴は中学時代からの親友とお笑いコンビを組み天下を目指します。原作ではそれがバンドになります。直貴の声に惚れた大学の同級生(原作では通信教育で大学に入り、一般のクラスに編入もしてます)から声を掛けられ始めます。直貴自身はそれ程歌に興味が無かったけど、歌っているうちにそれが夢になっていく・・。
オフコースの歌は「イマジン」にして欲しかった。「差別の無い国・・・」はイマジンから取っているんだから。オフコースの歌にする必然性が無い。ただ泣かせたいだけ?
漫才のシーンが面白くないのは映画オリジナルだからかな。
映画では金持ちの娘(朝美)が、引ったくりにあって怪我をします。原作ではまったく別です。このエピソードは原作の方向性を決める大事なシーンなので詳細は書きません。
映画では兄の量刑は無期懲役(具体的に明言してなかったような気もするが、少しふれていた)。原作では16年(12年だったかも手許に本が無いので確認できず)。ようは、刑期を勤め上げて出てこれるんです。これって大事でしょ?
朝美と直貴の関係。映画ではかなり綺麗なものになってます。原作では直貴の計算高い一面もでて、泥沼です。
朝美(吹石一恵)と由実子(沢尻エリカ)のイメージ。映画はこの二人の女優さんのイメージと重なります。原作では朝美の人物像が沢尻エリカさんに合っている気がした。直貴が朝美に惹かれたのは容姿や家が金持ちと言う以前に性格に惹かれた。お嬢さん育ちの割には自分の意思を持ち、かなり強気。映画のようにただのお嬢様じゃない。原作を読むと朝美に引かれて由実子を中々受け入れない直貴の気持ちが分かる。
長いだけでまとまりを欠いてしまったが、一言で言うと「手紙」は映画と原作がかなり違うって事。それは両方見た人は実感できると思います。だから、どうだって事は無いんだけどね。映画でそれ程泣けなかったのが、何だか悔しくてね。ついついむきになってしまった。泣きたいと思っている人にはお勧めですよ、映画。東野圭吾の実力を確認したい人は原作を読んでください。彼の作品の中でもベスト5に入ります。